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2015年3月

2015年3月30日 (月)

南九州旅打ち遠征

先週は一週間の予定で南九州旅打ち遠征を行った。
かなりの強行軍で、車中泊4連泊は家人にはかなり堪えたらしい。
延岡でホテルに泊まり、ゆっくり寝て英気を養うこともも考えたが、
東九州道がほぼつながったことでもあり、一気に下関に帰ることにした。
旅程は、

3月23日(月)
長府 → 下関IC → 松橋IC → 人吉 → 菱刈PG ⑦ → 市比野♨ → 道の駅樋脇(泊)

3月24日(火)
道の駅樋脇 → いちき串木野PG ⑥ → 桜島 → 三股PG ④ & ♨  → 道の駅都城(♨ & 泊)

3月25日(水)
道の駅都城 → 小林PG ⑥ → 高崎PG ⑥ → 道の駅ゆーぱるのじり(♨ & 泊)

3月26日(木)
道の駅ゆーぱるのじり → 青島PG ⑥ → 西都PG ④ & ♨ → 道の駅ゆーぱるのじり(♨ & 泊)

3月27日(金)
道の駅ゆーぱるのじり → かかしの里PG ⑥ → 山田♨ → 延岡IC → 下関IC→  長府

人吉に立ち寄ったのは、大好きな公衆浴場・元湯に入るためではなく、
晩酌に欠かせない球磨焼酎を買うためだ。
一升瓶で2銘柄、1.8ℓの紙パックで7銘柄を買った。 これで半年はもつだろう。
これまで、下関で手に入るのは 「白岳」 くらいしかなく、そればかり飲んでいたが、
これからはいろんな銘柄を飲み比べることができる。
もっとも、ただの呑兵衛の老人には、銘柄の違いなどそれほど重要ではなく、
飲んで身と心をしびれさせ、朝までの快眠が得られればいいだけのことかもしれないが‥‥。

いちき串木野PG場は、昨秋、2つのホールインワンが実現して、
私には相性の良いPG場のはずだったが、今回は不発。
代わりに家人が2連発をやってのけた。 脱帽。

三股PG場では昨秋ホールインワンをして、同じホールで今回もホールインワン。
家人に少し追いついたと思う間もなく、
私の後を追いかけて家人もホールインワン。 これはこれで喜ぶべき事柄だが、
家人の集中力の凄さに、畏敬の念さえ抱くに至った。
それからというもの、三歩下がって家人の影を踏まないようにした。 嗚呼。

鹿児島からフェリーで桜島に渡り、福山PG場でのプレイを予定していたが火曜日は定休日。
福山をあきらめて三股に向かったのだが、
火山活動が活発な桜島を家人に見せることができて、これはよかった。

山田温泉では桜がほぼ満開で、
どこかの老人ホームの方たちだろうか、花見をしていた。
下関よりも一足早い南九州の桜の咲き始めを行く先々で見てきた。
明日から天気は下り坂。
功山寺での花見はどうなるだろうか。 気を揉む一週間になりそうだ。
だから、今週の旅打ち遠征は、ない。

2月、3月のエキストラワイン会は休止。
2か月分のワイン代と食事代、それに旅費が浮いたのは大きい。
中級者向けのクラブなら買えそうだが、買わない。
いま狙っているのは上級者向けの、
それも、メーカーのフラッグシップと呼べるようなクラブだ。
それには、エキストラワイン会があと4回程度流れてくれなければならない。
息の長い話だが、それに耐えるだけの悠長さが身に備わったきたのか。
歳のせいだ。

2015年3月22日 (日)

連夜の

昨夜は小倉のヽ心堂(てんしんどう) で葡萄舎騎士の会。
今夜は唐戸のマツモトで Club Vendange 。

昨日は朝トレを終えて SARAY 号に積んだ寝具を天日干しし、
干し終えたら SARAY 号の寝台をメイク。
家人が買い物に出かけるのにも付き合った。
それから小倉まで出かけてワイン会。 二次会付きで。
最終からひと便前の電車で帰ってきた。

今朝も朝トレを終えてから、都合で行けなかった墓参りを済ませた。
唐戸でのワイン会に出かける前に入浴する段取りだが、
昨日大量に買った鶏肉を小分けにする作業をしていたら、
急にから揚げが食べたくなったので、冷凍庫に入れる鶏肉の2片をから揚げに。
から揚げだけを食べるような私じゃないから発泡酒のロング缶をグイッと。
一種の向かい酒だ。

暑いほどの SARAY 号で昼寝をして、
家に戻ると風呂の蛇口の音が聞こえる。 体を清めたら連夜のワイン会だ。
マツモトでの Club Vendange のワイン会もふた月連続だ。
余程、気の置けない店なのだろう。

今日のワインを記録しておく。

Freixenet Reserva Real NV Cava

Clos de la Coulee de Serant 2008 Nicolas Joly
Limoux 2000 Primo Palatum

Lytton Springs 2011 Ridge Zinfandel
Les Mortier 2010 Dom. Le Briseau
Petra Quercegobbe 2009 Toscana

これで安心だ。
明日は未明に南九州に向けて発つ。
サンデー毎日だからこそ、することがいっぱいある日が続くと嬉しい。

季節は春

これまでにも春を思わせる暖かい日はあった。
しかし、晴れ渡った空の陽射しの下で 「アぁ、春だなぁ」 と心底思えたのは昨日だ。
暑さ寒さも彼岸まで、とは古人もよく言い得たもので、
昨日の春分の日を以って葡萄舎暦では季節が冬から春に代わる。
パークゴルフの旅打ちを本格的に始動させる季節の到来だ。

一昨日の天気が思ったほどではなく、
SARAY 号に積んでいる布団や毛布や寝袋を一旦は拡げたがすぐに仕舞い込んだ。
昨日は満を持して全て天日干しにした。
近々に南九州への旅打ち遠征を控えているから、
ひと冬使わなかった寝具を乾かし、空気を通し、陽光を吸わせるためで、
葡萄舎の裏の空き地は満艦飾となった。

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二組の布団と敷布と毛布、寝袋4枚をおっぴろげると、
物干しざおだけでは足りなくて SARAY 号の屋根まで使って干すこととなる。
3月いっぱいは寝袋を2枚重ねなければ寒い夜があるし、
その上に毛布を重ねるほどの夜はあるまいが、
毛布の使途は布団の下に敷くクッションとしてだ。 となれば、こうなる。
これだけのものを車に積み込む必要性の有無や是非はあるが‥‥。

3月の陽光はまだ弱く、もう1・2時間天日干しを続けたかったが、
夜は小倉で騎士の会のワイン会があるので、3時前には片づけた。

ワイン会に集まったワインは

Roederer Estate Quartet Brut
 
Le Rime 2009 Banfi
Franciscan Napa Valley Cabernet Sauvignon 2012

Capricho Gancedo 2013
Convento Tomar 1999 Ribatejo

スペインの赤はコルク臭に由来すると思われる異臭がした。
ワイン飲みが言う、ブショってる、というやつに出くわしたのだ。
トリクロールアニソールという物質が悪玉で、
この物質は、
コルクの中のリグニンやスベリンなどがカビやバクテリアによって分解され、
フェノールやアニソールになったところに塩素がくっついてできる。
その塩素は、塩素系の農薬やコルクを塩素漂白するメーカーがあるからだ、と。

こんな小難しい話は私の得意とするところではないが、
サントリーの山田健氏の本に書いてあった。
山田氏はこの話を同じサントリーの鈴田氏から聞いたという。
因みにこの本を買った後に、山田氏本人が下関に来て会う機会があった。
この本を持参して、表紙裏に氏のサインもらっている。 16年前のことだ。

ところで、ワインの異臭はワイン飲みにはどうしようもない。
コルクの生産者やワイナリーを少しばかり恨めしい目で見て、
運が悪かったと諦めるしかない。 泣き寝入りするしかない悲劇なのだ。
余程の異臭でない限り、私は息を止めて、飲む。
ところが、このワインを持参したS氏は、ボトルに半分残ったワインを引き下げ、
店のワインを1本買ってテーブルに置いた。
ワイン仲間だから、そこまでしなくてもいいのに‥‥。 相当ショックだったのだろう。

小倉のヽ心堂(てんしんどう) はサービス精神旺盛でいい店だ。
洋風居酒屋か洋風居食屋の部類に入るのだろうが、
春の薫漂う旬の山草などをテンプラに揚げてくれた。 旬彩の店だ。

帰り道で、ワインバーに立ち寄った。
どうってことはないワインバーだが、聞けば、ソムリエールは道産子だった。
高校は静内高校に通ったという。
だったら、いい店じゃないか。
信州や北海道と聞くと、私のポイントは途端に跳ねあがるのだ。

2015年3月16日 (月)

三寒四温

「三寒四温」 は中国の東北地方 (旧満州) で冬から春に移行する際の言葉だが、
それはそのまま西南日本のこの時季にも当てはまる。
寒い日と暖かい日が3・4日で繰り返し、一週間単位で次第に春に近づいていく。
葡萄舎暦でも、来週末の春分の日で季節は冬から春に代わる。

いよいよ、待ち遠しかった春の訪れだ。 待ち遠しくさせたのは、
吹きっさらしのパークゴルフ場では冷たい季節風がいつまでも影をひそめなかったからだ。
春になれば、早速、南九州へ旅打ちに出かける。
どうせこの時季、好天が一週間も続くわけはないから、天気予報は見ないで行く。
旅程の半分でも暖かい日があれば御の字だ。 そう思って出かければいい。

今朝の関門海峡は深い霧で、
乃木浜緑地の外周道路を歩いているとき、
いつもははっきりと見える対岸の部埼(へさき) 灯台の灯火が見えなかった。
関門海峡が濃い霧に包まれるのは、春先にはよくある自然現象だ。
裏門司の部埼灯台と満珠島灯台を結ぶ線が関門海峡の東側と周防灘の境界線で、
乃木浜緑地はその延長線上にあるから、
外周道路を歩くときは部埼灯台の灯火を眺めながら歩くのが楽しみなのだ。
ちなみに、部埼灯台の灯火は凝っていて 「連成不動単閃白光 毎15秒に1閃光」 だ。
点滅しない灯火が絶えず点っていて、15秒に1回フレシネレンズから大きな閃光を発する。
外周道路の反対側を歩くと、今度は海自小月基地の航空灯台の灯火を眺めることができる。
こちらは白色と緑色を交互に照射している。
私が5年間かけて訪ねたのは海保の灯台だけで、
航空灯台は対象外だったから、小月の航空灯台については何の知識も持ってない。


この土日には息子たちが帰ってきた。
5月と6月の息子たちの予定がはっきりし、
7月の父の17回忌は、6月中旬に前倒しで行うことを決め、
7月~8月には北海道に行く、と宣言して今年の大まかな予定が決まった。

北海道行は昨年よりも燃料費が安くて済みそうだが、
今朝、ガソリンスタンドの前を通り過ぎたら、レギュラーガソリンが128円/ℓ となっていた。
数週間前までは118円/ℓ で売っていたのに、10円の値上がりだ。
60ℓ 満タンに入れると600円違うのだからこの差は大きい。
下関のガソリンは比較的安価で、
これまでも、遠出をするときは必ず下関で満タンにしてから出かけたが、
世間並みになってしまった。 世間ではもっと高値を付けているのだろうか。

土曜日は Bleu Fonce で食事、日曜日は相も変わらず瓦蕎麦で朝食兼昼食。
息子たちには、この頃私が夢中になっている太巻きずし寿司を2本作って持たせた。
これを持って行け、あれも持って帰れと、親馬鹿丸出しだ。
孫ができたら、
持って行けと言わないものまで持って帰るようになるだろうけど‥‥。
それにしても、 Bleu Fonce の料理は実にうまくなった。
この場合、「上手くなった」 と 「美味くなった」 の両方だから、「うまくなった」 と書くしかない。

2015年3月 9日 (月)

3月以降の予定

晩冬の空模様で 「抜け通るような」 と言う表現を使うのかどうか知らないが、
今月2日に佐賀の神水川(しおいがわ) まで出かけた日は今冬最高の好天気だった。
車の中に放置したチョコレートが溶けるほどの。
昨日もまた、出かけずに家に居るのがもったいないほどの好天気だった。
葡萄舎暦では季節はまだ晩冬だから吹く風に冷たさは残っているものの、
窓を閉め切った SARAY 号の運転席では40℃超。
窓を厚手のカーテンで閉ざした荷室でも33℃を超えたから、
冬の上着よさようなら、とばかりにセーター姿で昼寝をし、太陽の恵みを享受した。

北国や雪国では想像もつかないことだろうが、
日本列島の南西部ではこの時季でも太陽の恩恵を身一杯に受け止めることができる。
それはいいことばかりではなくて、
葡萄舎暦で初夏を迎えるのは夏至を過ぎてからで、こんどは我慢できない暑さとなる。
それには暑すぎる太陽熱だけではなくて、湿った気団の存在が大きいのだが、
サンデー毎日の、体一つで生活する老後人生では何をするにも思いのままだ。
さっさと下関を捨てて、北海道に向かうこととなる。

さて、今年の北海道行だが、
一昨年は日高・静内で一か月、昨年の日高・新冠では二か月という長期間、
家を借りて一つ場所に滞在拠点を設けたが、今夏はそのような形態はとらない。
7~8月の二か月間、車中泊を重ねて道内をさまよう。

北海道といっても、内陸部の厚さは相当なものだから、
パークゴルフ発祥の、聖地・十勝幕別やその周辺は7月の前半に巡礼しておこう。
7月半ばから盆までは、パークゴルフの旅打ちを釧路、網走、紋別で展開する。
盆過ぎには北海道では秋風が立ち始めるから、
内陸の旭川~札幌がPGの舞台となろうか。
心を残して北海道を去るのは8月末から9月初頭の予定だ。

静内、新冠に滞在した夏の2年は、
車載用の扇風機に活躍の場がなかったから、昨秋に取り外したのだが、
今夏は旅程のすべてを車中泊と決めたから、一昨日所定の場所に設置した。
それに合わせて運転席周りにも若干の手を加えた。
運転席の中央のシートは小物置き場と化してタイト感が漂う。
しかし、私は狭いところが好きだから、このタイト感が嬉しくて堪らない。
時として、ホームレスになってもやっていけるかな、と思う。

3月は、今週末に息子たちが帰ってきそうで、
3つのワイン会は月の後半に集まっている。
そうなると、南九州でのPG旅打ちは来週か。
4月の初めにもう一度南九州に遠征して、中旬は南阿蘇だ。


家人お経の作品はブーケだ。

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2015年3月 3日 (火)

ストーブリーグ

最近のプロ野球界ではストーブリーグという言葉が使われなくなったのか、
目にし、耳にすることがなくなった。
かつては、
日本シリーズが終わるとキャンプインの球春を迎えるまでの間をストーブリーグといって、
選手の退団・入団やトレード、監督・コーチの新陣容などを、
新聞はあれこれと書いたものだった。
ファンはストーブに手をかざしながらそれを読む、のんびりとした時代だったのか。
プロ球界では半ば死語となった感がするストーブリーグだが、
私のパークゴルフでは立派に生きている。

私がパークゴルフと出会ったのは昨夏の7月の初め、新冠のパークゴルフ場で、だ。
盆前後から本格的にパークゴルフと向き合い、足繁く練習に出かけ、
気分が高揚したところで北海道を去った。
9月は練習場所を乃木浜総合公園に求め、毎朝、朝トレに励んだ。
10月に入って、福岡県の築上町と豊前市に足を延ばし始め、
中旬には佐賀の神水川へ、月末には熊本の南阿蘇まで練習の場を求めて出かけた。
11月には福岡・熊本に加えて大分の安心院が行動半径内となり、
月末には宮崎の6つのパークゴルフ場に遠征している。
宮崎遠征の帰途立ち寄った大分の山香で初めてのホールインワンを達成した。
遠征に味をしめたのか、12月の中旬には鹿児島遠征を敢行している。

パークゴルフというお遊びに関してだけど、
鹿児島遠征の頃が私の心技体が最も充実していた時期だったのだろう、
ホールインワンを連発している。
適度な運動量も功を奏してか、87㎏あった体重も77㎏まで減った。
しかし、ここで私のパークゴルフはストーブリーグに入った。
今冬の寒さは、長期予報以上に寒かったのだ。
聖地・北海道では11月から4月半ばまでパークゴルフ場は閉鎖だ。
それでも、乃木浜での朝トレは休むことなく続けたが、
年末年始での大食い傾向は松の内が明けても止まず、体重は80㎏に増えた。
増えた体重を80㎏でキープしているのは、
休まずに続けている朝トレの賜物だろう。

1月はどこへも出かけなかった。
2月は2度ほど近場の築上町と豊前市に出かけた。
そして待ち望んだ3月。
昨日は佐賀の神水川に家人と出かけた。 いよいよ私の球春だ。
嬉野の旅館でのカニの食べ放題が目的の半分だったが‥‥。

葡萄舎暦では春分までは冬だから今は晩冬だが、
昨日は今冬で最高の上天気だった。
春本番を思わせる強い日差しに、車内に置いておいたチョコレートが溶けた。
私の成績はパッとしなかったが、家人は違った。
前を行く4人連れが見守る中で、40mのロングパットを決めた。
ショートコースだったらホールインワンだ。
しかも、4人連れの賛辞に涼やかな笑顔で返す役者振りだから堪らない。
家人は、愛嬌の他に本番に強い度胸も兼ね備えた剛の者なんだ。 脱帽。

今日は、下関に帰る途中で原鶴温泉に立ち寄ってプレイをする予定だったが、
苦労して久留米の市街を抜けたところで、雨。
気分的に高揚していた家人には水を差す恨めしい雨となった。
ま、輝かしい昨日があったから、これで好し、とするか。

3月中に南九州遠征をする。
設備が整っているのは宮崎だが、
本番に強い家人に太刀打ちするなら、ゲンを担いで鹿児島か。

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