« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »

2014年12月

2014年12月31日 (水)

カーナビ撤去

SARAY 号には2つのカーナビを積んでいた。
一つは新車購入時からセンターコンソールに組み込まれていたもの、
一つは通販で買ったカーナビで、「るるぶ」 が百数十冊分搭載されていた。
使い方としては、一つは進行方向が画面の上を指すようにセットし、
もう一つは北を上にして、
いま、自分は何処をどう走っているのかを確認出来るようにしていた。
カーナビなんて車一台に一つあれば済むものだから、
二つをセットするなど遊び半分だったのだが。

先日、通販で買ったカーナビの画面から画像が消えた。
点灯すべきランプはみんな点いているから、
これ以上の対応は私にはできない。 お手上げで、処分するしかない。
取り外したら、フロントガラスの一部分を塞いでいた視界が広がり、随分とスッキリした。
実際の運転には、視界を遮るものは無い方がいい。
ただ、自分で後付けしたものだから、
視界が多少塞がれても仕方ないか、と思っていただけだ。

処分したカーナビは、トンネルが近づけば前もって教えてくれるし、
自動取り締まり装置の所在を教えてくれるし、
それなりに便利な面はあったが、無ければ無いでもそれほどの問題ではない。


一昨日一つの別れがあった。
会話にもならない会話があって、
最終の段階では 「一寸待った!」 と言いたくなる、許せない捨て台詞を残して去って行ったが、
日頃から 「うざい」 と思っている人物だったから、
聞き捨てならない暴言を咎めるよりは、
この際、きれいさっぱりと縁を切る方が私には価値と意味があることで、
「縁を切るゾ」 と言い放つのを聞いても 「やむを得ないネ」 と流れに身を任せた。
それにしても、
絶縁などという重い言葉を、いとも安直に口にできる人ガいるもんだ、
と、半ば呆れながらも、変な感心をした。

気分的には、
使えなくなったカーナビを取り外して、フロントガラスの視野が急に開けたようで、清々した。
今年は最後の最後になって馬鹿馬鹿しい寸劇が展開されたが、
膿が出てしまったのなら、それでいい。
これで、煩わしいことに振り回される要素が一つ減った、ということだ。
来年に期待しよう。


このブログにお立ち寄りの皆様に、
新しい年のご多幸とご健康を祈念します。 どうぞ、よいお年を!

葡萄舎忘年会

昨夜の葡萄舎忘年会が今年最後のワイン会だった。
料理は参加者各自のワンディッシュ持ち寄りで、
前菜3種盛りで始まり、ふく刺しあり、胡さんの中華オードブルあり、
グラタンとトリュフ入りのチーズあり、エビとマッシュルームのアヒージョありの、
和洋中多国籍料理での大宴会となった。

Dscf7350

Dscf7351

胡さんに杏仁豆腐をサービスしてもらい、デザートは家人が4時間かけて取り組んだ。
集まったワインは

Chandon Brut Rose Green Point Victoria

Folium Sauvignon Blanc 2012 Marlborough
Cotes Du Rhone Arnoux & Fils 2012

Artadi Tempranillo 2011 Rioja
La Dame de Montrouse 2007 Saint-Estephe
Beringer Merlot 2005 Napa Valley Vineyards

Dscf7349

今日は息子たちが帰って来るから、
息子の好物の瓦そばと、友人Nが手打ちの蕎麦を持ってくるからW蕎麦で年越し。
明日は Bleu Fonce で食事会。
明後日は息子たちが博多に戻るから、また瓦そばになるだろう。
私に相応しく、呑んで食べてまた呑んで食べて、年は往き、年は来る。

2014年12月30日 (火)

エキストラ 2014 12

先週は夜来の雨が多くて朝トレに支障をきたしたが、
ここ最近はスカッとした朝ではないが、勇躍、乃木浜総合公園に乗り込む朝が多い。
6時半から30分ほど歩いて、
日の出には間があるが周囲が明るくなる (PGのボールが識別できる明るさになる) と、
やおらボールを打ち始め、打ったボールを追いかけてまた打つ。 これが約30分。
朝トレが終わるのは7時半で、それから家に着くまでの30分が辛い。
大渋滞に引っ掛かるのだ。
往きは10分と少しで乃木浜につくが、帰りは30分かかる。
日の出が早い秋口には行動を起こす時刻が早いから、この渋滞とは無縁だったのだが。
早く2月になって、日の出が早くなって欲しい。

昨夜はエキストラワイン会だった。 小倉の pot-au-feu (ポトフ) で。
昨夜もオーナーシェフの誕生年のワインを持参して喜ばれた。
津和野の思黙庵に言ったことも報告して、これまた喜ばれた。
pot-au-feu の料理は昔から美味かったが、最近特に冴えわたってきた。
聞けば、後十日もすればいいことがあるらしい。 腕に加えて気力も充実しているのだろう。

集まったワイン。

Pierre Callot Clos Jacquin MV

Meursault Francois Jobard 1993
Maursault Clos de la Barre 2003 Dom. Comtes Lafon

Santenay Les Gravieres 1979 Remoissenet Pere & Fils
Vieux Chateau Certan 2007
Hermitage Le Greal 1997 Dom. Marc Sorrel

Ch. Lafaurie-Peyraguey 2001 Sauternes

長府駅に帰り着くのは11時過ぎになるが、家人が迎えに来てくれるので助かる。
その家人の正月用の作品。

Dscf7342_2

今夜の騎士の会の忘年会が済んだら、葡萄舎も一気に正月モードだ。

2014年12月24日 (水)

PG日和

下関も例外たりえず、予想だにしなかった寒波の波状攻撃を受けている。
雪が風に舞うことこそ少なくて雨が降るから温度はそこそこなのだろうが、
四王司山から吹き下ろす四王司颪(おろし) には震え上がる。
一日おきの夜来の雨に、乃木浜での日の出前の朝トレを断念するのも度々だ。
雨を伴わずに寒風だけなら朝トレを強行しているが‥‥。 それにしても、辛い。

吹き続けている風がフッと止まる 「風の息」 みたいな瞬間は日々の天候にもあるもので、
昨日はそんな一日だった。
冬型の気圧配置が東に移動し、立て込んだ等圧線の間隔が緩み、
西日本が高気圧に覆われた昨日がそうだ。
風速はせいぜい1mか2m。 温度は10℃を少し超えた程度だが、時折太陽が顔を覗かす。
冬至を一日過ぎただけの、未だ闌(すが) れたままの太陽だが、その弱々しい輝きでも嬉しい。

そんな昨日、
寒波の間隙を縫って、築上町と豊前市までPGに行ってきた。 家人を伴って。
北風と太陽の物語で、久々に太陽が主役を務めた昨日は、
この一ヶ月でも、稀に見るPG日和だった。
築上町で8コースを回り、豊前市では2コースを回ったが、ホールインワンは無し。
一寸がっかりしたが、
終盤になって家人がロングパットを次々と決め、こちらはそれに煽られてばかり。
月に2回程度しかPGをしない家人が絶好調なのに、
毎日クラブを振り回している私がこの体たらく。
宮崎に遠征し、鹿児島にまでも遠征した成果が出ないのがなんとももどかしい。
これがPGの面白いところだろう。


模様替えが成った私の部屋は、確かに (私基準での) いい部屋にはなったが、
居間というものは、あまり整理してしまうと使いにくいものだ。
なんだか、借りてきた他人の部屋に居るみたいだ。
居間には、どこか抜けたところというか、隙があるのがいいと思い始めた次第。
ま、使っているうちに現在の基本型が崩れ、使い勝手も良くなるだろう。


TVはそれほどでもないが、ラジオからはやたらとクリスマスソングが流れていたが、
今日明日でそれも終わるだろう。 ホッとする。
私には 「何もないクリスマス」 なのだ。
28日にコカコーラのラグビーの試合がある。 博多の森 (レベスタ)。
29日は小倉のポトフでエキストラワイン会。
30日は葡萄舎で騎士の会の忘年会。
31日には息子たちが帰ってくる。 2日まで。
元日は恒例の Bleu Fonce で食事会。
久々にカレンダーが赤丸で埋まるこの一週間が過ぎれば、
また退屈な日常、サンデー毎日の日々に逆戻りだ。
何の予定もないから、天候を観て、即、出かけることが可能なのだが‥‥。


体重は一時期77.5kgまで落ちた。 現在78kg前後で推移している。
76.5kgまで下がったら、夏からの4ヶ月で10kg減量したことになる。
PGで私の打球はコースを大きく外れる。 その分だけ歩く距離が延びる。
それと毎朝欠かさない朝トレ。 毎日1時間は何らかの形で歩いている。
運動することの必要性は知っていたが、実行してみて、初めてそのありがたみが分かる。
時折、風呂上がりに鏡の前で横を向いて鏡を見つめる。
変容していく己が姿にウットリとする (笑)。

2014年12月22日 (月)

冬至

私は夏が嫌いで、かといって冬が好きなわけではないが、
冬の寒さの方が、あのどうしようもない夏の暑さよりは少しはましなだけだ。
寒さは、衣類を重ねたり工夫することでどうにかしのげるが、
夏の暑さは素っ裸になってもまだ暑いからお手上げだ。

ところで今日は冬至。
葡萄舎暦では、冬至から春分までを冬としている。
その割には今年は、冬になる前に何度も大型寒波の波状攻撃を受けた。
今年は暖冬だ、と嬉しくなるような長期予報を出した馬鹿がいるが、
自然を相手に、人間の英知を結集してもその動きを予知することはできないということだ。

誰でも知っているように、冬至は夜の時間が最も長くて、昼間が最も短い。
今夏の盆以降、突如として朝トレを開始した私にとって、
昼間の時間が短いのは、とりわけ日の出が遅いのはとても困る。
乃木浜総合公園の管理人が来るまでにPGの練習を終えなければならないのだから、
日の出の遅さは、即、朝トレの時間が短くなることなのだ。
冬至になれば一陽来復、陰が極まって陽が帰って来る、と安易に思ってしまうが、
朝トレをする私に日の出ははそんなに早くはならないのがじれったい。

冬至の今日の下関地方は、日の出が7:16 日の入りが17:09
ところが明日以降、日の出の時間はむしろ今日よりも遅くなる。 
日の入りはそれよりももっと遅くなるから、昼間の時間は少しづつ長くはなるのだが‥‥。
因みに、
      日の出  日の入り
1月1日  7:20  17:15
1月7日  7:21  17:20
2月1日  7:12  17:44

日の出の時刻が冬至の今日と同じになるのは1月25日まで待たなければならない。
それまでは、多少日がが長くなったかな、とは思っても、
夜明けは決して早くならずに、七草粥の1月7日が最も日の出が遅いのだ。
いましばらく、朝トレ受難の日々が続く。

それにしても今年の寒波は異常だ。
爆弾低気圧が猛烈な吹雪を伴って北日本、裏日本を襲っている。
TVなどで、宗谷岬、留萌、増毛、網走などの真っ白な世界が映し出される度に、
北海道の人たちの苦労がしのばれる。
同じ北海道でも涼夏小雪の太平洋岸は少し事情が異なるようだが、
根室地方は高潮で街が海水に浸かっている。
ミーハー的に北海道での生活に憧れている私の対象は、所詮、夏の北海道で、
せいぜい5月から9月までの北海道なのだ。
通年北海道に住むなど、間違っても考えられない。

さて、来夏はどうするか。
これまでと違って、全く画が描けない。
SARAY 号を駆って津軽海峡を越えるのは確かだが、
最長2ヶ月、短ければ1ヶ月を車中泊で過ごすか‥‥。
どんな形であれ、来夏は北海道でPGの旅打ち三昧ということになろう。
2・3ヶ月の定住は再来年だ。

2014年12月20日 (土)

鹿児島遠征 その後

鹿児島遠征では、4つのホールインワンを達成するなど快調に進んだが、
その後は惨憺たる状態に陥った。

道の駅・美里 「佐俣の湯」 で車中泊をして、
翌日の天候は望めないから下関へ直帰したのだが、
家を出てからの便秘が最悪の状態となっていた。
日頃、快便の毎日を送っている私は、突如として便秘になると打つ手を知らない。
スル―ラックなる便秘薬は持参していたが、飲むのが遅れた。

家について、家人にホールインワンの報告をドヤ顔ですることもせずに、寝込んだ。
最悪の気分だった。
便秘薬が利かないと勘違いして、用法・用量を無視して飲みすぎたのもいけなかった。
想像を絶する苦悶の末に排便には成功したが、
私のデリケートな体はそのときすでに下痢になっていた。
近くのドラッグストアに紙おむつを買いに走る有様だ。
便秘と下痢という二重苦は一日半で解消したが、
毎朝決まった時間に快便をすることに何のありがたみも感じていなかった私は、
これからは繊維食物を十分に摂り、体調維持に留意し、
家人の前で豪快にオナラを放つバカげた行為も慎むこととしよう。
紙おむつは思っていた以上に違和感はなかったが、
人間、紙おむつをするようになったらオシマイだ。

一昨日は朝から雨で朝トレを取りやめ、雨が上がった9号沿いを1時間歩いた。
昨日は乃木浜総合公園で朝トレ。

今日は、懸案の部屋の模様替えをした。
部屋の模様替えを趣味としている私が、
これほど本気になって模様替えと取り組んだのは数年振りだ。
結果は大成功。
カーテンをオーダーするなど、出費は伴ったが、
私の居間は見違えるほどの変貌を遂げた。
これまでに度重なる模様替えの歴史があるが、今回が最高の傑作だろう。

プライベートな居間の模様替えだから、第三者が、見てすぐに分かるものではない。
その作業が上手くいけば、人知れず微笑むだけ、というヤツだ。
例えは適当でないかもしれないが、
買ったばかりの真新しいパンツとシャツを着ても、外見上はだれにも分からないけど、
ただ自分ひとりで充足感に浸っているのと似ているかもしれない。
葡萄舎の我が家で、完璧に近い居間になった (と思う) 。
死ぬまで、もう部屋の模様替えをすることはない。 ‥‥と日記には書いておこう。

2014年12月18日 (木)

旅打ち 第1回鹿児島遠征ー4

鹿児島遠征の最後は いちき串木野PG場だ。
平坦なコースの菱刈PG場で聞いた先達の話では、
登りと下りの傾斜地のコースが多い三股町と、いちき串木野は大の苦手らしい。
傾斜地は変化に富んで面白いと思うのだが、齢を重ねると歩くのが困難になるのか。
だったら、歩けるうちに、傾斜地のコースで修業を積んでおこう。

いちき串木野PG場は市の総合運動公園の一角にあり、
広い駐車場も持ち堂々たるPG場だ。 4コース36ホール。
民間会社が委託運営しているが、よく整備されている。
鹿児島県を代表するPG場と言っていいか。

ここにも朝早く着いた。 開門を SARAY 号の中で待った。
私より先に3人のグループが コースに出たので、その後を一人で回っていたら、
5番に差し掛かったところで、管理棟から大きな声が。
前を回っている3人に向って、だ。
声の主の薩摩弁を翻訳すると、
「あんたらの後に一人で回っている人がいる。 一緒に回ってやれよ」 ということらしい。 
前を回るお三方はその声に唯々諾々と従い、私をグループに招き入れたから、
大声を発した主はこのPG場の大物なのだろう。
私は行く先々で、その土地土地の理事長クラスから目をかけられるから、
今回も、いちき串木野協会の役員クラスかもしれない。 

結局、Aコースの途中から4人で回ることとなった。
私の実力はアンダーパーで回るのが精いっぱい。 それも長くは続かない。
初めてのPG場で、コースも、コースの癖も知らないのだから。
お三方は27~28で回り、4コースで110を切りたいと願っている方々だ。
やたらと 「これじゃ、100で回れんなァ」 を連発していた。
いずれにしても、私より数段上の方々だ。 

お三方は、やはり、狙いどころを熟知しておいでだ。  巧妙だ。
私はそれを真似する。 
見よう見まねで打っているうちに、
C 甑コースの2番、30m パー3で 私にホールインワンが出た。
これまで、一人で回っていてホールインワンは三度あるが、
人と一緒に回ってのホールインワンは初めてだ。 これはものすごい自信になる。 
PG歴4ヶ月の初心者が、その土地の先達に交じってプレイしても、
臆することなく、堂々と渡り合える証明ではないか。 
ただし、このC 甑コースのスコアは30。 寄せが下手で、最後の詰めが甘いのだ。


証明の機会はもう一度あった。  
2周目の  B 観音池コースの4番 30m パー3
ここで、この日2度目のホールインワン。
このコースのスコアは26. 
私にすれば上出来だが、お三方のスコアは私よりも良い。 
お三方のお一人が、最後の最後でホールインワンを出した。
初心者の私に意地を見せた、というところか。

初めてのPG場で、初めての方々と一緒に回るのは疲れる。
しかし、好い方たちで愉しかった。 
適切なアドバイスをいただいたから、2つのホールインワンが生まれた。
私一人で回っていたら、今日のホールインワンは無かったろう。

満ち足りた気持ちで道の駅・美里 「佐俣の湯」 へ。
ここの温泉もいい。 少し寒かったが、露天風呂がいい。  
いい気分で、レストランで岩魚の塩焼きを2本注文した。 ビールも2本。

翌日は夜来の雨だから、まっ直ぐ下関へ帰った。 
熊本通過は朝の通勤ラッシュで大渋滞。 久留米は比較的すんなり通過した。
小倉南IC近くの 「かかしうどん」 で ざるうどんを。
ここは往路でも立ち寄り、朝定食を食べた。
私の九州旅行では欠かせない店になった。                

旅打ち 第1回鹿児島遠征ー3

私は九州のPG場についての情報を 「旅打ち!」 というサイトから得ている。
仕方がないことだが、
PG場の半数は北海道にあり、PG人口の半数も北海道人だから、
いきおい本州以南のPG場に関する情報は更新がなおざりにされる傾向にある。
前回の宮崎遠征では、えびの高原の小林市コスモス牧場PG場が閉鎖されていた。
そこのPG場は付帯施設だが、本体のコスモス牧場は数年前に閉鎖されていたのだと聞いた。
紅葉真っ盛りのえびの高原をドライブしてから、閉鎖された門扉を見たので、
ドライブを愉しんだのだと思えばそれまでだが、やはりさびしいものだ。

今回の鹿児島遠征では、道の駅・垂水から北上、福山、国分を経て霧島へ。
霧島神宮の裏手に広がる山の中にある 「霧島ハイツPG場」 が目的だ。
道中は、いかにもリゾート地らしい木立の下の道が続く。
カーナビは間違いなく目的地まで案内してくれたが、PG場の様子が変だ。
門扉の閉ざされ方がフツーじゃない。
少し離れた霧島ハイツまで行ったら 「売り物件」 の張り紙。 ここも閉鎖かぁ。
前日、貸し切りでプレイできなかった菱刈PG場へ。
菱刈で聞いた話では、
ホテルは売却されるが、PG場は協会役員の手で維持・管理されている。
9時過ぎに行ったらプレイできる (はず) だよ、と。
早起きの私が訪れたのが早過ぎただけだったのか。
しかし、山間に開けた、寂しい漢字にPG場だった。
健康的な気分でプレイできそうもないな、というのが私の受け止め方だ。

菱刈PG場は河川敷に2コース18ホール、
湯の尾温泉の旅館が2軒並ぶ前に2コース18ホールだ。
この季節に緑の芝が! と感激したが、
よく見たら枯れた芝にスプレーで着色しているのだとか。
同じことを福山PG場でもしているらしいが、福山では気付かなかった。
今の私には、まっ直ぐに打つことだけに夢中で周囲を見渡す余裕などないのだ。
この緑色の着色だが、
枯れて黄色くなった芝が寒々と広がるよりは、色彩豊かで一方法だと思う。
春にはまた青い芽が出てくるのだから。

夜は、南九州での定宿、道の駅・樋脇へ。
ここにはひと晩中流れている、ということは一日中流れている足湯がある。
深夜にも流れているということは嬉しいことで、
足を浸して、ビールを飲む。 伴は、売店で買った大根の酢漬けと小鰯の煮付けだ。
足湯の隣りに、飲用の温泉水の水汲み場があって、多い時は行列ができる。
行列の人から見れば、足湯で酒を飲んでいる私は奇異にみえるのか。
そんな私に、「いいことしてますね」 と声をかけて来るのは、
決まって、夫婦連れで温泉を汲みに来た奥さんの方だ。 
今回も二人。 何故かしら、旦那は無関心を装う。
その奥さんは、と見ると、旦那を行列に並ばせて、私に話しかけてくるのだ。
道の駅・樋脇には何度も泊って、足湯は毎回使わせてもらっているが、毎回そうだ。
そして 「お気をつけて、いい旅を続けてください」 と去っていく。

この状況を家人に電話したら 「優雅ね」 と。
足湯に浸かって酒を飲むなんぞは、旅に出ればこそ出来る贅沢なのだろうが、
一人旅のものさびしい、侘しい部分もあって、
私は 「優雅」 よりも 「風雅」 ととらえている。 「風流」 と言い換えてもいい。
足湯に浸かって酒を飲んでいる自分を、
風雅、風流と感じている間は、私の一人旅は続く。

2014年12月17日 (水)

旅打ち 第1回鹿児島遠征―2

道の駅・えびの から今日の目的地鹿児島県・菱刈PG場へは車で30分。
一番乗りだろうと思っていたら、駐車場には車が並び、大勢の人が集まっている。
前もって調べておかなかった私のミスで、今日は協会の月例会。
大会開催中の午前中は貸し切り、とのこと。
協会員の中に親切な方がいて 「大会にオープン参加しないか」 と誘ってくれたが、
この未熟者はアンダーパーで回るのが精いっぱいで、それも2回に1回の頻度。
とても、コースを熟知した方々と渡り合える技量は持ち合わせていない。
丁重にお断りした。

お断りしたら、次にどうするか。
朝からぱらついている小雨は午後にはどうにかなるかもしれないが、
それまで SARAY 号の中で寝て過ごすのは芸がない。
前回の宮崎遠征で唯一訪ねそこなった都城近くの三股町へ。
ここのPG場は2コース 18ホールのこじんまりしたPG場だが、
さすがに宮崎県のPG場だ。 
山の斜面を利用したコースは、打ち上げたり打ち下ろしたり、変化に富んでいる。

この三股町の上米公園PG場に限らず、
私が訪れる宮崎・鹿児島のPG場は初見参のところばかりで、
コースの癖も、カップの周りもどうなっているのか全く知らない。
どの程度打てばOBになるのかも知らない。
だから 「私ルール」 がある。 初めてのPG場ではOBは無し、というのがそれだ。
OBを恐れる必要がないから、伸び伸びと邪心なく打てる。

そんな次第で、一人、邪心なく打っていたら
B いちょうコースの7番、36m パー3でホールインワン。

Dsc000011

Dsc000041

嬉しかったけど、一人で回っているから喜びを分かち合う誰もいない。
気を良くして、三股町でのプレイを午前中で切り上げ、
鹿児島県福山町のPG場に向かった。
予定していた菱刈町でのプレイを貸し切りで諦めたから、
鹿児島県でPGをするのはこれが最初だ。
私の資料では、2コース 18ホールとなっていたが、
着いてみると4コース 36ホールの立派なPG場だ。
ここでも一人で回った。
コースは一部分斜面もあるが大半は平坦なコースで、
60mを超すロングホールが多いのも、遠くに飛ばすしか能がない私は気に入った。

伸び伸びと打っていたら、A べぶんこコース、7番47m パー3でホールインワン。

Dsc000061

Dsc000071

いいじゃないか。
ホールインワンをしても、さして驚く風もなく、平然とプレイが続けられるまでになった。
もう、ホールインワン・コンプレックスはない。

夜は、道の駅・垂水へ。
併設の温泉に浸かり、レストランでとんかつ定食とアラ炊きを。
アラ炊きのカンパチだかの大きな目玉3個は残し、ビールは2本。
一人での、ホールインワン祝いの膳だ。
外は寒いし、SARAY 号の中も寒いが、
冬用と夏用の寝袋を重ねて、ダウンを羽織って寝袋に潜り込めば寒さはない。
なんたって気分はホッとなのだから。

旅打ち 第一回鹿児島遠征-1

SARAY 号はノーマルタイヤのままだから、
次の寒波が来る前に 「旅打ち・鹿児島遠征」 を思い立った。

サンデー毎日、暇を持て余している身だから高速道は使わない。
飯塚~冷水峠~鳥栖と順調に進むのだが、久留米市街を抜けるのにはいつも手こずる。
福岡県で第3の大都会だけど、いったいどんなヤツが住んでるのだろう?
まさかワイン好きじゃあるまいが‥‥。

昼間、熊本市街を抜けるには覚悟したほどではなかった。 県道25で五木村へ。
道の駅で 「きゃら蕗と山葵の茎の佃煮」 を5箱買う。
これだけ買っておけば、しばらくは晩酌の球磨焼酎の伴になる。
厳冬期に、五木村を訪れることができない時は、代引きで購入する方法も確認してきた。
一年365日、毎日食べ続ける代物ではないが、
欲しいときにすぐに手に入るのは嬉しいことだ。

人吉近くで脇道に入って錦町のPG場へ。
300円で一日打ち放題、定休日なし、と条件的には嬉しいPG場だが、
スタート台がなく、北海道で買ってきたティーが初めて役立った。
わざわざ立ち寄る程のPG場ではない。

人吉の街に戻って、大好きな人吉温泉・元湯へ。
広い浴室に浴槽があるだけのひなびた、素朴な、古風な温泉で、
身体を洗う時は浴槽のお湯を汲んで使う。 風呂桶だけは備えてある。
私が生まれて育った長門湯本温泉の公衆浴場も昔はそうだった。
温泉は、源泉かけ流しで、良質の温泉が絶えず浴槽にあふれていればいい。
シャワーもボディーソープも、リンス入りののシャンプーも要らない。
人吉温泉・元湯は、私が好きな温泉のトップ10に入っている。
人吉温泉には、他にもいい温泉があるかもしれないが、
私にとっては、元湯を知っていればそれでいい。

街の陶器屋さんで球磨焼酎の酒器、ガラとチョクを買った。
ガラとチョクはすでに晩酌用に一組、SARAY 号に一組、飾棚に二組持っているが、
いずれも球磨焼酎の銘柄 「白岳」 と入っている。
確かに 「白岳」 は愛飲しているが、他の球磨焼酎も飲みたい。
この度買ったガラとチョクには 「白岳」 と入っていない。
これで、他の銘柄も飲める。 これでなくてはいけないのだ。 
何でも無いことだけど、私には大事なことなのだ。

夜はどこの道の駅で車中泊しようかと迷ったが、
翌日は菱刈PG場でプレイすることを考えて道の駅・えびの へ。
この道の駅は宮崎県で最新の道の駅だ。
新しい道の駅は、トイレがなんと言ってもいい。
道の駅に温泉施設が併設されているのも嬉しいが、新しいトイレはもっと嬉しい。
えびの高原もこの夜は冷え込んで、
明朝の道路が凍結しないことだけを念じて眠った。
冬用と夏用の寝袋を2枚重ねると、その効力は抜群だ。

2014年12月12日 (金)

また旅

安倍政権の強引な強権政治は着々と進捗している。
その強権政治をさらに強力に推し進めるために、
更には2年後の消費税UPの確約をとるための、いま必要と言えない総選挙が行われている。
山口4区に選挙権を持つ者として、
これ以上、危険な政治家・安倍の独走を許してはならない。
が、展望は開けない。

それでも、時の総理のお膝元でこれほどの批判票がある、と示さなければならない。
そんなわけで、昨夜7時、駆け込みで期日前投票に行って来た。
行く前から分り切っていたことだが、行って、暗澹たる気持ちになった。
山口4区は自共対決だ。 他の野党は勝算なしと見て、戦線からトンズラだ。
ただ一人、批判票の受け皿に、と立候補した女性が居る。
難病ソリューションズの代表を務める整形外科医だ。
この女性整形外科医は、安倍や他の政治屋と違って、ウソをつかないのがいい。
今の私に出来ることは、この候補者の名前を書くことしかない。

比例区の政党名を書く段になって、暗澹たる気持ちはさらに募った。
書くべき政党が、無い!
何度も裏切られ、呆れ果てた政党だが、
日本が政党政治である以上、自民党の対抗勢力がしっかりしてくれないと困るから、
「ダメな長男」 の民主、と書くしか選択の余地が無い悲劇。
ここに、何処にもやり場のない閉塞感の全てが凝縮されている。

ところで、投票時間間際に投票に駆けつけたのは、
今日からしばらく 「旅打ち」 に出かけるからだ。

今日からの一週間、南九州の天候はパッとしない。
そもそも、木枯らしが吹き時雨るこの時季に、天候の安定を望むこと自体が無理、だ。
一週間のスパンなら、そのうちの何日かは天候が崩れる。
いつ、どこにいるときに天候が崩れるか、そこが問題だが、
こればかりは自然界が相手だから、私の力でどうにかなるものではない。
晴れれば晴れたように、雨が降れば降ったように、旅を続けるしかない。

人吉 ~ 菱刈 町~ いちき串木野 ~ 霧島神宮 ~ 福山町 ~三股町 ~ 玖珠町
というのが今回のコースだ。
7つの町の7つのPG場で旅打ちをしてくる。 勿論、初めて訪れるPG場ばかりだ。
これで、
対馬、与論島、長崎県、福岡市内、熊本市内を除いた
九州の主なPG場は全て訪れたことになる。
蜂窩織炎はまだ完治していないから、今回帯同する薬はやたらと多い。
効力があるのかどうか知らないが、健康保険証のコピーを持参する。
今のところ、肩、腰、膝に異常はない。 気力は漲っている。
数日前で 79.5kg 。 夏から7kgの体重減が実現した健康体だ。
吉田類が、酒場を放浪するみたいに、飄と出かけよう。

帰ってくるまで、このブログはオ・ヤ・ス・ミ。

2014年12月11日 (木)

医師と仲良くなっておけば

北海道から帰った9月以降11月まで、「
「旅打ち」 に出かけた時以外、ということは下関にいる時は毎日の生活にリズムがあった。
それが、12月に入った途端、リズムが狂った。 狂いっぱなしだ。
乃木浜総合公園での朝トレは一日しか行っていない。
それに代わるものとして国道9号でのウォーキングを1時間行ったのが二日。
あとは寝ていた。
蜂窩織炎(ほうかしきえん) により歩行が困難だったからだ。

左足の膝下から足首にかけて、ハムか生ハムみたいに、
皮膚は変色し、パンパンに腫れ上がった。
土曜日の午後から始まった全身の悪寒は、
実は風邪ではなく、蜂窩織炎の炎症の始まりだった、というのが、
ワインを通じて私の主治医となったH先生の診断だ。

前回、蜂窩織炎を患った時は皮膚科の診察を受けて
一応治まりはしたが、脹脛(ふくらはぎ) から下は赤黒く変色したままの肌が残って、
ストッキングを履いたみたいになっている。
今回は、私に一応の蜂窩織炎の知識が残っていたので、
「ヤバイな」 と気付いた時から手近なもので応急処置をし、月曜日の診察を待った。
主治医でも、ワイン好きを媒体とした主治医と患者の関係は親密で、
ワイン仲間としての意識も加味されて、必要で充分な3種の薬の処方箋を作ってくれた。
効果はてきめんで、数時間後には腫れが引いて行き、フツーに歩けるようになった。
昨日は家人を伴って築上町までパークゴルフに出かけるまでになった。
翌朝 (今朝) は予報通りの雨で、朝トレはできなかったが、
今降っている雨も午後には降り止むだろうから、
国道9号を関門海峡海が見える所まで歩こうか。

私の場合、
医師の方々のワイン会に、医療に無関係な唯一の部外者として参加しているから、
大概の疾病なら、どの医師も親身になって診てくださる。 
処置も手術も一患者として以上の扱いを受ける。
それぞれの医院では、院長先生、大先生と呼ばれている方のお友達となれば、
通院しても、入院しても、医療スタッフの対応もおのずから違ってくる。

10年前に、痔の手術を受けた。
手術を施したのは、県下で痔の名医として名高いN先生で、ワイン界の大御所だ。
その名医が、私のお尻を観た途端 「こりゃぁ 化け物だ」 と唸った。
35年間苦しみながらも耐え続けた痔だったから、相当に悪化していた。
手術時間は通常の倍かかった。
長引く手術にいつまでかかるのだろうと不安に思い始めた頃、
「受付にH先生が見えてます」 と看護師。 「5分間待ってもらいなさい」 とN先生。
それを聞いて、あぁ、間もなく終わるんだ‥‥と安堵したものだ。

術後2日目から、N先生は学会出席のため不在。
医療スタッフには厳命が下されたようだ。
「この人に、絶対に 『痛い』 と言わせてはいけません」
この話は婦長さんから聞いた。
実際に、痔の手術のための10日前後の入院中、
苦痛に顔をゆがめたのは、最初の排便の時一回限りだ。
麻酔が切れるときも、その後も、一切痛さを感じない入院生活だった。
ワインを通じて知り合った医師の方々は、
下関での診療科目のほとんどを網羅している。
これは私の財産だ。 どんな病気にかかってもいい? (笑)


4日前の家人の作品

Dscf7339

2014年12月 8日 (月)

悪しの連鎖

今季の寒波第1号は下関にも軽微な影響をもたらした。
寒さはともかく、風が冷たく強かった。
私に辛かったのは、三日間にわたっ連続して未明に降った雨だ。
一日目は朝トレを休んで完全休養日に充てたが、
二日目と三日目は国道9号の歩道を往復で5km 1時間歩いた。
葡萄舎から国道9号を市街に向かって歩くと、
片道2.5kmで周防灘 (そこは正式には関門海峡に属する) に出る。
そこで関門橋を眺め、PGの旅打ちで頻繁に通っている九州の山並みを眺める。
今度は鹿児島まで行くからな、と。

薄日が射すのを待って出かけるのだが、天候が天候だから防寒防水に配慮した服装だ。
20分も歩けばホカホカしてきて、折り返し地点で汗ばんでくる。
このまま歩き続けると汗が吹き出しそうだから、
折り返し地点のホームセンターや百均ショップを覗く。
が、なにも買わない。 お金を持って出かけないから。
帰路は15分も歩けば汗ばんでくるが、今度は家に着いて着替えればいい。

三日目。 なんだか嫌な感じの冷たい汗が背筋を流れたが、
家の近くまで戻って来ていたから気にも留めなかった。
下着を取り替えてベッドにもぐりこみ横になったが、なんだか寒い。
悪寒というやつだ。 熱は無いけど。 歯がガチガチ震える。
67年間生きて来て初めての経験だから、何をどうすればいいのか分からない。
ストーブをつけて、間近に身を寄せても暑いと感じない。
そのうち、最も寒さを感じているのは背中だと分かった。
SARAY 号から電気毛布を引っ張り出した。
私は、一寸気に入った物や重宝なものは全て SARAY 号に積み込んでいるのだ。
衣類も例外ではないから、
一寸出かける時などは SARAI 号の衣類ケースを往復することになる。

空調器の設定温度22℃もさることながら、電気敷き毛布の効果は抜群だ。
私が全幅の信頼を寄せている新ルルAは短時間に7錠飲んだ。
風邪の初期段階で封じ込めた、ということか。
土曜日午後の、高校同窓会下関支部の臨時総会には、
大きいマスクをして出かけ、懇親会はパスして帰った。
帰ってから、今度は脚の異変に気がついた。
何年か前に一度患った蜂窩織炎 (ほうかしきえん) だろう。
昨日は日曜日で、日曜当番医のところへ行くこともなかろう、と、今日まで待った。
左足は膝から下がパンパンで、歩くのにもたつきながらの一日だった。

11月に移転・開院したH医院は評判で患者が多い。
8時過ぎに行ってみようか。
この一週間はあまり付いてなかった。
昨年末は家人が足を骨折。 今年は私が蜂窩織炎。
「足」 と 「悪し」 をかけて 「悪しの連鎖」 は断ち切らなければならない。 

2014年12月 4日 (木)

波及効果

今季第1号の大型寒波は、
東北日本に雪をもたらし、西南日本には雨をもたらした。
この4ヶ月間、
夜明け前の降水率は限りなくゼロに近い驚異的な数字を示した下関でも、
今朝は目が覚めた時の雨音で朝トレを断念するほどの雨の降りようだ。

これと同等の降水が東北日本にもたらされると、当然、山野も街も雪で埋まる。
北海道からの気候気象のニュースといって映像で送られてくるのは、
札幌の大通公園か、特別に積雪のあった場所に限られている。
私に縁があった所や、好きな所がどんな状態かは想像するしかない。

襟裳岬では40m近い風が吹いたというが、 
静内の 「赤ひげ」 の親父は、網走の 「蒸気船」 の大将はどうしてるだろうか。
釧路の 「岸壁炉ばた」 のおばさんたちは元気かいな。
北海道では多くのPG場が11月に閉鎖、4月に再開と聞くが、
涼夏小雪の日高地方ではどんなだろう。
新冠でパークゴルフを教えてくれたF氏やA氏は、まだプレーを続けているだろうか。

ところで、
私の睡眠時間はどちらかといえば短い方だろうが、
昨日は1時間のウォーキングと、3度の食事と、病院と薬局に出かけた2時間を除いて、
一日中眠った。
昼間寝たら夜は眠れないかと思っていたら夜も寝た。
旅打ち宮崎遠征で、相当に疲れがたまっていたのか。
歳をとると、疲れは2~3日のタイムラグを置いて表われるらしいから、
今がそのときなのかもしれない。

今回の旅打ちでは、古傷の左膝は十分に注意し、温泉でケアもした。
お陰で異常はないが、
(無理な体型で打ったのだろう) 腰をひねりすぎて、少し痛めた。 伸びない。
左手の小指も筋を痛めたみたいで曲がらない。
昨日一日横になっていて腰は快方に向かいつつあるが、
小指は思わしくない。 接骨院にでも行くしかないか。

今回の寒波襲来で、
風邪対策のダウンと、雨対策に防水の上下を衣類ケースから引っ張り出した。
購入した時はそれなりの必要性を感じたからなのだろうが、
しばらく日の目を見ないでたたみ込まれていたものだ。
耳あてのついた帽子も、やっと出番が来た。
それぞれが衣類ケースや納戸の中で、私がPGを始めるのを待っていたかのようだ。
体重が6kg超減って、ウエストも細くなって捨てずにいたズボンも穿ける。
PGを始めて、買い揃えたものも多いが、改めて脚光を浴びた箪笥の肥しも多い。
PGを始めた波及効果だ。

この歳になってPGを始めたのが必然で偶然なら、それは運命だ。

2014年12月 2日 (火)

寒い朝

実際の季節の推移よりも数週間前を先走る二十四節季がどうであれ、
また、世間一般が12月~2月を冬と呼ぼうと、
葡萄舎暦での冬は冬至から春分までとしている。
だから、いまは未だ晩秋だ。
今は未だ晩秋だが、気まぐれな寒波の訪れはある。
今日からの一週間、大型の寒気団が日本列島を襲っている。
下関地方も例外ではなく、暴風注意報が出た。 瞬間最大風速は23mくらい。

今朝、日の出前の乃木浜総合公園はとても寒かった。

西寄りの強い風は木の葉をまき散らし、
樹木が一本もない葡萄舎裏の空き地は吹きだまりとなって、木の葉がひしめき合っている。
その強い西風が、乃木浜では遮るものもなく吹きつける。
寒さ対策は十分にして出かけたつもりだが、
風は首筋、足元から容赦なく熱を奪う。
想定外は腰の寒さだ。 ズボンと上着の隙間から寒さが忍び寄る。
たまりかねて、ズボンのベルトをはずし、上着の上から腰を縛った。

北海道から帰った9月。
乃木浜での朝トレは5時過ぎには始めていた。
それが、日の出が6時になり、いまは7時だ。 冬至まで、日の出はもっと遅くなる。
寒さも募るから、これからは朝トレ受難の季節だ。
私の朝トレは、始めに約30分間のウォーキング。
それから約30分間は自分で打ったボールを追いかけるが、これも半分はウォーキングだ。
日の出を迎えて10分くらいで朝トレを切り上げる。
管理人が出勤するまでに人目を忍んでの、公園緑地でのパークゴルフの練習なのだ。

昨日は朝トレを休んだ。
強行軍の宮崎遠征を終えて、少しは身体を休ませろ、という天の思し召しなのか、
夜明けごろには雨が降っからだ。
私が下関に居るときに限って言えば
9月からの4ヶ月間に、雨で朝トレができなかった日は二日しかない。
そのうち一日は関門トンネル人道を歩いたが、
昨日はさすがに休んだ。 老体に鞭打ってばかりはいられない。
それでも、北海道から帰って来た完全休養は一日しかない、ということは凄いことだろう。

4ヶ月前に86.5kgあった体重は80kgにまで減ったが、
それからは現状維持で減らない。
食事のコントロールなどはせず、酒量はむしろ増えているから、
現状を維持していること自体が 「大したこと」 なのかもしれない。


昨日の家人の作品。

Dscf7336

随分上手くなったと思うが、
家人とすれば、まだ十分に満足のいく出来栄えではないらしい。
花の道も奥が深いから、経験を積んで、地道により上へと高めていくしかないのか。
私に残された歳月より、家人のそれははるかに長い。

2014年12月 1日 (月)

旅打ち 第1回宮崎遠征-5

道の駅・院内がある盆地は霧が深いところだ。
霧が晴れれば、山肌が朝日に輝いている。
今日は下関に帰るが、その前に一打ちしてから帰る。

安心院に向かおうとして、山香への標識が目に入った。
山香は国道10号沿いで、そこにもPG場がある。 「風の郷」 という。
2度行ったことがある安心院より、初めての山香の方が、今回の旅打ちにはふさわしい。
少し遠いが山香まで走った。

太い谷と、その谷に流れ込む2つの小さな谷筋がコースになっている。
南北に延びる太い谷に陽が射すのは遅い。
2コース18ホールの小さなPG場だ。 客は私と老夫婦だけ。
ボールを打つ音が時折聞こえるだけの静かな、というより寂しいPG場だ。

Aコースの4番まではパーで回った。
5番は、カップの13cm手前で止まった。 惜しい。
続く6番は31mのパー3。 
未だ距離感がつかめず、飛ばし過ぎの私だから、
随分と手加減して打ったら、ボールはヨロヨロと転がる。
手加減しすぎたか、と思っていたら、そのままストンとカップに消えた。
待つこと4ヶ月。 涙、涙、涙の初のホールインワン、だ!

Dscf7333

Dscf7332

Dscf7334

思えば、家人を初めて ぶぜんPG場に連れて行ったら、その日にホールインワン。
以来、私は打てども打てどもホールインワンは無し。
北海道では、さんざん同行者のホールインワンを見せつけられていたから、
私のホールインワン・コンプレックス4ヶ月は、苦節の4ヶ月。 辛坊の4ヶ月。 精進の4ヶ月。
ホールインワンが実現したら、
その時が私のパークゴルフの第1段階が終了するとき、と決めていた。
やっと、第1段階を終えることができた。

第2段階は、積極的に他のプレーヤーと一緒に回って、大会にも出場して、
旅打ちが武者修行へと変わっていくことだろう。
ともあれ、山香でのPGを終えて、風の郷の温泉に浸かって気分が良かったこと。

帰路、豊前市あたりから対向車の列が途絶えることなく、
築城の空自基地あたりからは、私の車列が進まなくなった。 大大渋滞だ。
基地の公開や航空ショーでもあったのか。 他県ナンバーの車がやたらと多い。
みやこ市豊津あたりまで脇道に入り、行橋へ北上、
そこから東九州道に逃げ込んだ。
あのまま渋滞の中にいたら、下関には何時に帰れたことやら。
大渋滞に巻き込まれながらも腹が立たなかったのは気分が良かったからだろう。

5泊6日。  回ったコースの数は55。 
さすがに疲れたが、PG熱は更に燃え上っている。
寒波が通り過ぎて、凍結の心配がなくなれば、
年内にもう一度、南阿蘇まで旅打ちしておこう。

旅打ち 第1回宮崎遠征ー4

青島でPGをやっていて、
皆さんの口から新富町のPG場の話は出ても、西都のPG場の話はあまり出てこなかった。
長年やっている方々には、
どうやら西都PG場は単調すぎて面白くないらしい。
その点、新富町は変化に富んだ面白いコースが4つ設けられている。
4コースを2周して楽しんだ。
これ以上は膝が心配になってきて切り上げた。
いよいよ下関に向かって帰る段階だ。

しかし、どうせここまで来たからには南阿蘇に立ち寄ろうか、と北川経由で三重町へ。
三重町から西に向かうと道の駅・清川がある。
他とは少し違った雰囲気の道の駅で、時間は早いがここで泊ろうか、と。
温泉の所在を聞いたら、竹田市の温泉を教えてくれたが、
一度利用したことがあって、あまり食指が動かない。
他の温泉は? と聞くと40分ほど離れたところに長湯温泉というのがあると言う。
日本一の炭酸含有量を含む温泉だと言う。 これだ。

田舎道の40分は長い。 やっとたどり着いたが、
温泉の名前はいくつも書いてあるがどこに行けばいいのか分からない。
道であった御ご婦人に 「何処が長湯温泉か?」 と聞いたら、
「ここらの温泉はみんな長湯温泉よ」 と笑って答える。
個人経営の温泉も多いらしい。
道を聞いたご婦人も、個人経営の温泉の女主人らしい。
「お宅の温泉に入れてもらえるか?」 と聞いたら 「はい、どうぞ。 料金は百円よ」
これには驚いた。
鹿児島の市比野温泉で130円の入浴料の温泉があるのは聞いていたが、それより安い。

立ち話が続くので 「どこにあるんですか」 と聞いたら 「ここよ」 と目の前を指差す。
凡そ温泉場の雰囲気とは程遠い建物だ。
中に入ったら、なるほど百円がうなづける。
しかし、浴室を観て歓喜した。 まさに私好みの浴室だ。
湯船の縁は硫黄と鉄分で茶褐色に変色し盛り上がっている。
浴槽の壁は酸に浸食されて、ざらざらしている。 わさびをおろす鮫の肌だ。
源泉は、かつては49℃あったが今は46℃。 
浴槽では43度くらい? 私の好きな温度だ。
この温泉は気に入った。
遅れて来た地元の方と話ができて、その方が物知りで、ついつい長湯をした。
やはり、長湯温泉か。

南阿蘇に向かうのをやめた。
明日は安心院あたりで一打ちして帰ろう。
最近よく使う道の駅・院内で車中泊。 慣れたところは安心して眠れる。

旅打ち 第1回宮崎遠征-3

28日。 
この度の宮崎遠征の目的の一つは青島PG場を訪れる事だった。
各地のPG場関係者の間でも、青島の芝の美しさは定評があるところで、
九州地区内で番付表を作るなら、
 (九州は南北に長いから、東西ではなく南北になるが)
北の横綱が南阿蘇の長陽なら、南の横綱は青島か。
北の張出横綱を神水川 (佐賀) とするのはチト荷が重すぎるが、
南には張出横綱級が二つある。 高崎と かかしの里 だ。

朝が早い私は、例によって開場時刻前にPG場についたが、
そこで3組のご夫婦6人と会話を交わした。
その6人がA・Bコースに向かって進むので、一人の私はC・Dコースに向かおうとしたら、
6人連れのお一方から呼び止められた。 「一緒に回ろう」 と。
誘われることにも慣れてきたから 「それではよろしく教えてください」 と応えた。
男4人と女3人の2グループに分かれて回った。

やはり、整備された芝の上は気持ちがいい。
これで、思い通りにボールが転がってくれれば気分の良さもなおさらだろうが、
ところがどっこい、そうはいかない。
幾つかのホールでは打数で足並みをそろえることができても、
幾つかのホールではへまをする。
AとBを回ったところで小休止。 そこで私を誘った方が名刺を差し出した。
肩書は 宮崎市のPG協会理事長!
昨日に続いて、その地域の大御所とコースを回っているのだ。
私の風体は、土地土地の親分さんから可愛がられるのかしら。
見るからに、面倒を見たくなるのかしら。
いずれにしてもありがたいことだ。

Dコースの3番では、第1打が生垣の柵に当たってとんでもない方向に転がった。
理事長さんが、ボールを拾って手渡ししてくださり 「もう一回打て」
そうなって来ると冷静さを失い、また打ち損じる。
結局、4回繰り返したが打ち損じてばかり。5回目は地面を掘る始末。
後に続くグループは私が打つのを見守る。
心の中では 「早くせい」 と思っていることだろうが、
誰もが知っている理事長さんが 「もう一度」 を繰り返すから黙って見守るばかり。
私には忘れ得ない 「魔の3番」 となった。
6コース回ったところで、6人のご夫婦は昼食。 私は西都のPG場へと向かった。

天気が崩れそうだったので、宮崎から西都までは高速を使った。
西都PG場は、4コースとも起伏がない平面的なコースばかりだ。
ただし、スタート台からホール近くまで馬の背のように盛り上がっていて、
まっすぐに打たなければすぐにラフに転がり落ちる。
それでも、私の様な4ヶ月の経験しかない初心者にだってアンダーパーが狙える。
私の好きな4コースが並んでいる。

翌日は新富町のPG場に立ち寄る予定で、
新富町を通り越した道の駅・都農で車中泊。
ここは新しい道の駅で、建物もトイレも綺麗だ。
夜通し点灯された休憩室もある。
近隣の東郷町のナンバーをつけたバイクが止めてあり、
一人の青年がPCを観ていた。 いつもこの休憩室に来るらしい。
「東郷町だっけ、若山牧水が生まれたのは」 と問いかけたら 「そうだ」 と答える。

東郷町の学校では、全校生徒が百首の牧水の歌を 「かるた」 にして覚えるらしい。
それは凄いことだ。
子供の頃覚えた歌は、歳とっても7~8割は覚えているだろう。
群馬県の小学生が、群馬県内のあれこれを 「上毛かるた」 にして覚えるのに似ている。
バラエティーで、群馬出身のタレントが二・三人集まると、
口を揃えて 「つる舞う形の 群馬県」 てな調子で延々と続く。
長野県人が数人集まると、あの長い県歌 「信濃の国」 を延々と歌うのにも似ている。
郷土愛、だ。 教育の力、だ。
安倍晋三が 「愛する日本」 と叫ぶのとは次元が違う。

旅打ち 第1回宮崎遠征ー2

27日。 小林市のPG場へ。
ここは、かつてゴルフ場も運営していたらしい。
今は併設されたPG場とゴルフの練習場だけで営業していて、
ゴルフ場には見なれい器材がビニールでくるまれて置いてある。
その膨大な数は、太陽光発電のパネルだ。
実は、今年の5月にはPG場も閉鎖する予定だったらしいが、
太陽光発電への移行が1年延びたのだとか。
来年には、小林市からPG場がなくなる、ということになる。

これは残念で、惜しいことだ。
というのも、ここのPG場はゴルフ場の流れをくんでいて芝生がいい。
そして、コースに変化があって面白いPG場なのだ。
私の感想では、ここと都城の2つのPG場なら、ここが一番好きだ。

4つのコースを一巡して、
2巡目に入ったところで、自分が打ったボールを見失った。
すると一人で回っていた老紳士が近付いてきて、
見失ったボールを一緒に探してくれて、そしていとも簡単に見つけた。
それから、一緒に回ろう、とおっしゃる。
ボールを見つけて呉れたご恩もあり、断る理由もなく、一緒に回っていただくことになった。
この老紳士、なんとも優しい。 丁寧にホールの狙い方を教えてくださる。
2コースを回ったところで、もう疲れたから、と、
知り合いに私を紹介し、連れて回ってくれと頼んでくれた。
帰りがけに本を一冊くださった。 PG協会発行の 「指導書」。

バトンタッチを受けた方の話では、
ここのPG場の常連では、3本の指に入る達人だとか。
なんでも、4コース、36ホール、パー132を、80台後半で回る猛者だ、という。
隣接するえびの市の、PG協会の理事長だ、とも。
なるほど、上手いわけだ。 ほとんどが2打か3打でカップイン!
私が1mに満たない距離を安易に打ってはずすと、
「いま、ちゃんと目標を定めなかったね」 と厳しい。 恐れ入りました。

午後は、昨日雨にたたられた高崎PG場に再度出かけた。
PGも、やはり青空の下がいい。
最後の1コースは、大分から来た老夫婦と一緒に回った。
旦那さんは、威張っているほどには上手くない。
おとなしくて控えめな奥さんが、パー3なら3打で確実に入れる。
ご一緒したコースは直線の長距離が多いコースだったので、
私は重いクラブに代え、存分に振り回した。
納得のいく距離を稼いで面目を施したが、最後の詰めが甘いので、
結果的にはトータルで負けた。

夜道を走って、青島の南、道の駅・フェニックスで車中泊。
地元の悪ガキがオートバイで乗り込んできて、
空ぶかしの爆音で何度も安眠を妨げられた。
こんな馬鹿共を野放しにする道の駅は、道の駅として失格だ。
今はどうか知らないが、おおとう桜街道と同じだ。

旅打ち 第1回宮崎遠征-1

25日未明、小雨の中を出発。 
大分県三重の道の駅で朝食とも昼食とも分からない食事をとる。
北川から延岡南までは東九州道の無料区間を走る。
下関を発って約9時間で小林市野尻の道の駅に到着した。

時間があるので、小林市と都城市の4つのPG場の下見に出かける。
えびの高原は南に位置するので、紅葉はまっ盛りを少し過ぎたころか。
えびの高原の山中にあるコスモス牧場PG場は 「閉鎖中」。
あとで知ったことだが、
第3セクターで運営していたコスモス牧場はかなり以前に閉鎖したらしい。
ホール数: 18H、 パー: 66、 距離: 517m 。
子供の遊び場みたいなPG場というのが私の資料に載っているから、
閉鎖されていても、まぁ、大勢に影響しない、か。

翌26日。 前日下見をした順に、まず都城市高崎のPG場へ。
5コース 45ホールを持つ九州ではトップクラスの規模のPG場だ。
4コースを回り終えたところで、天気予報では降らないはずの雨が降ってきた。
小一時間を SARAY 号に寝転がって待機。
結果的には、降りだした雨での小休止が良かった。
この日は、午後の かかしの里PG場と合わせて16コース回ったから。

高崎PG場は、5コースにそれぞれ特徴があって面白いPG場だ。
1つは、9ホールの多くが直線で距離が長いコースだ。
私のように、距離感がつかめず、
ただ力任せにクラブを振り回す初心者には嬉しいコースだ。
雨上がりの後にもう一度回った。
もう一つは山の麓を段々畑のように登りつめていくコースだ。
片面は山の斜面、
片面には網が張ってあるからどんなに下手でもOBになる心配がない。
このコースも2度回った。 計8コース。

午後からは都城市の、かかしの里PG場へ向かった。
車で30分もかからずに行けるから、この地域のPG好きは幸せだ。
九州に移住するとすれば、南阿蘇か、都城市の宮崎寄りのどこかだろう。
かかしの里PG場は6コース、54ホールを持つ。 九州で最大のPG場だ。
気持ちとしたは、高崎PG場で一日遊び、かかしの里PG場で一日を過ごしたかったが、
かかしの里が翌日は定休日で、一日で2つのPG場をめぐる強行軍となった。
かかしの里で8コース回り、この日は合計16コース!
最後は膝が悲鳴を上げた。

車中泊は道の駅・ゆ~ぱるのじり で連泊。
この道の駅はいい。
温泉を併設し、東へ1km走ればセブンイレブンがあり、
西に1km走ればこの地域で最安値のGSがある。
それよりも何よりも、30分も走れば3つのPG場がある。
扇の要のような場所に立地しているのだ。 
これから何度も利用する道の駅になるだろう。

« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »